カメラも、複合機も。
半導体も、医療も。
キヤノンとは何者か。
キヤノン(証券コード 7751)は、カメラとプリンター(事務機)で世界に知られる電機大手。いまは半導体をつくる露光装置や医療機器(CT・MRI)にも事業を広げる「多角化した電機メーカー」です。財務は非常に健全で、配当利回り約3.7%の高配当株。このページは、名前は知っていても中身は知らない——そんな人のために、決算の事実・株価・配当をやさしく順番に解きほぐします。
数値の基準時点:決算=2025年12月期(2026/1/29発表・米国基準)/ 株価・指標=2026年6月下旬時点(株価約4,260円)。出所:キヤノンIR資料(決算短信・決算説明会資料・有価証券報告書)、東京証券取引所等の開示、各証券・金融情報サイト。
- 01キヤノンはカメラ・プリンターで世界に知られる電機大手。いまは半導体をつくる露光装置や医療機器(CT・MRI)にも広げる「多角化した電機メーカー」。財務は自己資本比率約57%と鉄壁です。
- 0225.12期の純利益は3,321億円(前期比+107.5%)。ただしこの急増は2024年のメディカル事業のれん減損1,651億円の反動が大きく、実力ベースでも回復基調です。
- 03配当利回り約3.7%・PBR約1.1倍の高配当・割安株。「財務は鉄壁、でもカメラ市場の縮小という逆風」とセットで覚えればOKです。
もとはカメラの会社。
いまは多角化した電機メーカー。
キヤノンのルーツは、戦前に生まれた高級カメラづくり。そこから複写機・プリンターで世界企業に成長し、いまは半導体をつくる露光装置や医療機器(CT・MRI)にも事業を広げています。「カメラの会社」という看板の裏で、静かに多角化した電機メーカーへ姿を変えてきた会社です。
ポイントは「カメラ・プリンターの安定収益」を土台に、その技術を応用して半導体・医療という新しい柱を育ててきたこと。光学・精密・画像処理という強みを軸に、利益の源を1つずつ増やしてきました。
精機光学工業として創業
高級カメラの国産化を目指して発足。のちにキヤノンを名乗り、カメラの会社として知られるようになる。
複写機・プリンターで世界企業へ
複写機やレーザー/インクジェットプリンターで世界に進出。事務機(プリンティング)が収益の柱となり、グローバル企業へ成長した。
半導体露光装置に参入
カメラで培った精密光学を応用し、半導体をつくる露光装置(ステッパー)事業に参入。微細加工の世界へ足を踏み入れる。
東芝メディカルを買収(医療参入)
旧東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカル)を約6,655億円で買収。CT・MRIなどの医療機器を新たな柱に据えた。
ナノインプリント露光装置を実用化
回路を“ハンコ”のように転写するナノインプリント半導体製造装置を世界で初めて商用化。先端半導体での巻き返しを狙う。
カメラ依存からの多角化を深化
縮小するカメラ・印刷市場に頼り切らず、半導体露光・メディカル・産業機器という成長領域を育て、利益の柱を増やす戦略。
4つの事業。カメラから半導体まで。
キヤノンの決算は4つの事業に分かれます。利益の主役はいまもプリンティング(事務機・印刷)。そこへイメージング(カメラ)が世界No.1の強みで続き、メディカル(医療機器)とインダストリアル(半導体・FPD露光装置)が成長の多角化を担います。冒頭のモザイクが、その広がりです。
プリンティング|最大の柱
オフィス向け複合機・レーザー/インクジェットプリンター・商業印刷など。売上の半分以上を占める稼ぎ頭で、消耗品(トナー・インク)が安定収益を生む。
イメージング(カメラ)|世界No.1
ミラーレス「EOS R」シリーズやレンズ、ネットワークカメラなど。レンズ交換式カメラで22年連続の世界シェア1位。高付加価値化で単価が上がっている。
メディカル(医療機器)
旧東芝メディカルを買収して参入したCT・MRI・超音波などの診断装置。病院向けの安定需要がある一方、2024年に大型ののれん減損も計上した(後述)。
インダストリアル(半導体・FPD露光装置)
半導体や液晶パネル(FPD)をつくる露光装置。世界初のナノインプリント装置を商用化し、ASMLが独占する先端領域への挑戦者として注目される成長分野。
(その他)産業機器・部品
ミニラボ・電子部品・産業機器など。規模は小さいが、光学・精密技術を生かしたニッチ事業で全体を補完する。
※ 業績の屋台骨はプリンティングとイメージング。そこへ半導体露光・メディカルがどれだけ上乗せできるかが、この会社の「これから」を読むカギです(次のセクションで詳しく)。
主役はプリンティング。
そして、財務は鉄壁です。
キヤノンの売上はプリンティングが半分以上、カメラ(イメージング)が約2割、残りをメディカルとインダストリアルが分け合います。加えて見逃せないのが財務の健全さ。自己資本比率は約57%と高く、実質無借金に近い財務体質が、高配当と成長投資の両方を支えています。
セグメント別売上高の構成
2025年12月期/セグメント別売上高・概算比率※ プリンティングが過半を占める主力。カメラ(イメージング)が次に大きく、半導体露光(インダストリアル)とメディカルが成長の上乗せ役です。比率は概算で、全社調整等を除いたセグメント売上の合計を基準にしています。
キヤノン株の「3つの性格」
キヤノンを理解するカギは、この3つ。安定したキャッシュ源と、それを土台にした2つの成長の仕掛けです。
安定キャッシュ
プリンティング複合機・プリンターと消耗品(トナー・インク)が毎年安定した現金を生みます。市場は伸び悩むものの、底堅いキャッシュ創出力が高配当の源泉。鉄壁の財務もここから生まれます。
世界No.1の看板
イメージングレンズ交換式カメラで22年連続の世界シェア1位。台数は伸びにくくても、ミラーレスや高級レンズへの高付加価値化で単価を上げ、利益を伸ばしてきた稼ぎ頭です。
多角化の成長株
半導体・医療成長を担うのは半導体露光装置とメディカル。とくにナノインプリントはASMLの牙城に挑む切り札。カメラ依存から抜け出すための、攻めの多角化です。
自己資本比率57%・実質無借金に近い体質
自己資本比率は約57%
総資産の約6割が自前資本。借入に頼らず、自己資金で事業を回せる強固な財務。景気の谷でも揺らぎにくい安定感があります。
本業で毎年たっぷり現金を稼ぐ
プリンティングの消耗品ビジネスなどが安定したキャッシュ・フローを生みます。この現金が、高配当・自社株買い・成長投資の原資になっています。
鉄壁の財務が多角化を支える
メディカルの大型買収(約6,655億円)や半導体露光の工場新設など、大きな投資を自前で実行できるのは、この財務体力があってこそです。
守りは盤石、攻めは挑戦の途上
足元はカメラの高付加価値化と半導体露光の好調で利益が回復。鉄壁の財務に守られ、高配当も維持しています。「守りの強さ」は本物です。
一方で、プリンティングとカメラの市場は長期的に縮小傾向。多角化した半導体露光・メディカルが、その目減りを上回って伸びられるかが問われています。「鉄壁の財務」と「構造的な縮小」が同居するのがキヤノンの現在地です。
出所:キヤノン 2025年12月期 決算短信・決算説明会資料、有価証券報告書。構成比・自己資本比率は概算で、年・開示区分により変動します。
2025年12月期は、純利益が前年の約2倍に急回復。
2026年1月29日に発表された通期決算(2025年1月〜12月/キヤノンは12月決算・米国基準)は、大幅な増益でした。ただしこの「急回復」は、前年の特殊事情とセットで読む必要があります。まずは事実としての数字から。
当期純利益の推移と来期予想
単位:億円 / 当社株主に帰属する当期純利益2024年が大きく落ち込んだのは、医療機器(メディカル)事業で1,651億円ものれん減損を一括計上したため(一過性)。2025年はその費用が剥落し、本業の回復も重なって急増しました。2024年の落ち込みも2025年の急増も、半分は同じ減損要因です。
「+107.5%」の正体はメディカル減損
純利益が前年の約2倍に見えるのは、2024年にメディカル事業ののれん減損1,651億円を計上して純利益が1,600億円まで激減し、2025年にその費用がなくなった反動が大きいから。見出しの急増率だけで判断しないことが大切です。
この減損を除けば、2024年の営業利益は4,449億円(実は前年比+18.5%)でした。そこから2025年が4,554億円なので、実力ベースの増益は数%というのが地力です。
売上高は過去最高を更新
売上高は4兆6,247億円と過去最高を更新。けん引役はカメラ(イメージング)の高付加価値化と半導体露光の好調。円安も海外利益を押し上げました。
資本効率のROEは約9.5%へ回復。減損という一過性の傷を乗り越え、本業の勢いは取り戻しつつあります。
出所:キヤノン 2025年12月期 決算短信・決算説明会資料(2026/1/29・米国基準)、各社報道。減損を除いた営業利益(4,449億円)は会社開示・報道ベース。
会社予想は、純利益3,330億円。
売上は過去最高、でも利益は微増。
会社自身が示す2026年12月期の見通しです。会社予想は「達成を約束する数字」ではなく「いまの計画値」。売上は過去最高を目指す一方、半導体メモリーの価格高騰や人件費が利益の重荷になり、増益幅は小さい計画です。
予想を読むうえでの3つの注記
① 売上は過去最高を目指す強気の計画。半導体露光やカメラが伸びる前提です。
② ただし半導体メモリーの価格高騰と人件費のベースアップがコスト増となり、営業利益はほぼ横ばい。「増収でも増益は小幅」という構図です。
③ 第1四半期(1〜3月)はカメラ・半導体装置の費用先行で営業減益スタート。累進配当方針ながら、増配は当面見送りの判断でした。
この1年は、横ばい〜やや軟調。
キヤノンの株価は過去1年、おおむね3,900〜5,200円のレンジで推移しました。2026年に入って一時5,033円(年初来高値)を付けたあと、4月の関税ショックで約3,900円(年初来安値)まで下げ、足元は約4,260円。下のチャートは過去1年の値動き、その下では「割安・割高」の指標をやさしく整理します。
株価の推移(過去1年)
2025年6月→2026年6月/単位:円この株は割安?割高? — 主要指標をやさしく
「株価が高い/安い」は株価の数字だけでは決まりません。利益や純資産と比べて初めて判断できます。代表的なものさしを、意味とあわせて並べます(株価約4,260円で計算)。
1株が1年で生む利益。25.12期 367円→26.12期予 約383円。自己株買いも支えに小幅に伸びる見込み。
1株あたりの会社の純資産。株価(約4,260円)はこれとほぼ同水準(=PBRが1倍近辺)。
株価がEPSの何倍か=利益の何年分。市場平均(約16倍)より低く、割安な水準。
株価がBPSの何倍か。1倍をわずかに超える程度=純資産並みの評価。理由は下記。
株主のお金をどれだけ効率よく増やしたか。一桁台後半で、可もなく不可もなくの水準。
資産全体をどれだけ効率よく使い利益を生んだか。堅実だが派手さはない。
株価に対し年間配当が何%か。市場平均(約2%台)より高い高配当株。
総資産のうち自前資本の割合。実質無借金に近く、財務はきわめて健全。
なぜ「PBR1倍近辺」と低めに評価されるのか
キヤノンのPBRは約1.1倍と純資産並み。財務が鉄壁(自己資本比率57%)なのに評価が控えめなのは、①主力のカメラ・プリンタ市場が縮小傾向、②ROEが一桁台で資本効率がもう一段、③多角化(半導体・医療)の成果がまだ読みにくいから。市場は「安定だが伸びにくい」と見ているのです。裏を返せば高配当・低PBRのバリュー株。高ROEで安定収益の銘柄が純資産の2倍以上に評価されるのとは対照的な立ち位置です。下のバーは過去のPBRの範囲と現在地のイメージです。
出所:IRBANK・各金融情報サイト、キヤノン IR資料(指標は2026年6月時点、株価15〜20分遅延)。EPS/BPS/PERは株価や集計元・会計基準により表記が異なります。1株あたりの数値は概算です。
市場より「割安」。配当は厚いが、評価は控えめ。
指標は単体では意味を持ちません。電機・精密の大手と市場全体(東証プライム)という2つの“ものさし”に当てると、キヤノンの位置が見えてきます。
※ 電機・精密大手=大手電機メーカーの目安。市場平均=東証プライムの概算。集計元・時点で変動します。
読み解き① 低PBR・高配当の「バリュー株」
キヤノンは市場平均よりPBRもPERも低い=割安に見えます。配当利回りは高い。これは成長期待より「安さと配当」で評価されるバリュー株の典型。
同じ高配当株でも、高ROE・高い成長期待の銘柄が純資産の2倍以上で評価されるのに対し、キヤノンは高配当でも純資産並み。違いは成長期待とROEの差です。
読み解き② 評価の重しと、見直しの芽
評価が伸び悩む背景には、カメラ・印刷という主力市場の構造的な縮小と、一桁台のROEがあります。市場は「守りは堅いが伸びにくい」と織り込んでいます。
見直しの芽は半導体露光(ナノインプリント)とメディカルの成長。ここが利益貢献を示せれば、低PBRが上方修正される余地があります。
専門家の総意は「中立」。売り推奨はゼロ。
証券会社のアナリストは、各社が独自に1年後の「目標株価」と投資判断(レーティング)を出します。キヤノンのコンセンサスは「中立」寄りで買いも一定数、売り推奨を出している社はほぼありません。
投資判断(レーティング)の内訳
コンセンサスは「中立」。買いも一定数、売りはゼロ。
※ 集計の一例で「強気買い1+買い2=買い3:中立8:売り0」(みんかぶ、2026年6月時点)。中立が多めで、売り推奨は出ていません。
目標株価(1年後予想)
平均目標株価は約4,791円で、直近株価(約4,260円)より約12%上。理論株価でも「やや割安」との診断が多い一方、カメラ・印刷の構造縮小を理由に大きくは買い上がらない慎重な見方も併存します。
市場の関心は明確です——「鉄壁の財務と高配当という安心感のうえに、半導体露光・メディカルの多角化がどれだけ利益を伸ばせるか」。守りの評価は固まっており、“攻めの成長を示せるか”がここからの株価を左右します。
出所:みんかぶ・各証券会社レーティング報道等(2026年6月時点の集計)。目標株価・判断は各社・時点で異なります。慎重派・強気派のレンジは目安です。
高配当株ファンドとインデックスの定番。
キヤノンは日経平均・TOPIXなどの主要指数に入っているうえ、高配当株ファンドの定番。インデックス投信でもアクティブ投信でも広く保有され、多くの人が間接的に持っている銘柄です。「採用される理由」を見ると、市場の評価軸が分かります。
パッシブインデックス投信・ETF
指数に採用 → 連動ファンドが自動的に保有
- 日経平均株価(225)日経225連動型のETF・投信(例:NF・日経225 ETF など)が保有。
- TOPIX(東証株価指数)TOPIX連動型(例:上場TOPIX、NF・TOPIX ETF など)。日本株インデックスの王道。
- JPX日経インデックス400ROE・営業利益・ガバナンス等で選ぶ“質”の指数。連動型(例:上場JPX日経400)が保有。
大型株のキヤノンは主要指数に組み入れられており、インデックス資金が日本株に向かえば自動的に買いが入る立場にあります。
アクティブ運用者が選ぶファンド
高配当・バリューを狙う投信の定番
- 高配当株ファンド予想配当利回り約3.7%・大型・高流動性で、各種「高配当株/好配当株」ファンドの組入上位の常連。インカム(配当収入)狙いの中核銘柄。
- バリュー(割安)株ファンドPBR約1.1倍・PER約11倍と割安。低PBRの見直しを狙うバリュー系ファンドに組み入れられやすい。
- 株主還元系ファンド累進配当・継続的な自社株買いを評価。「株主に手厚い会社」を選ぶファンドの候補。
なぜ、これだけ多くのファンドに選ばれるのか
※ 具体的にどのファンドがどれだけ保有するかは、各ファンドの月次レポート(組入上位銘柄)で変動します。ここでは「採用されやすい理由」を整理しています。
出所:各指数の構成銘柄、運用会社の交付目論見書・マンスリーレポート、投信情報サイト等。
国内では「高配当の優等生」。
株主の約半分は、個人です。
キヤノンは個人投資家に人気の高配当・大型株。特徴は個人株主の比率が約51%と非常に高いこと。外国人比率は約18%と、他の大型高配当株に比べても低めです。国内個人と海外機関、それぞれの見方を並べると、この株の性格が見えてきます。
国内の個人投資家
- +高配当(利回り約3.7%)+鉄壁の財務で、安心して長く持てる大型株として根強い人気。
- +5期連続増配の実績と累進配当方針。「配当で報いる会社」として長期保有層に好まれる。
- ±新中計で配当性向の目安を50%→40%に引下げ。総還元は厚いが「増配ペースは鈍るのでは」との声も。
- -「カメラ・プリンタは斜陽では」という長期不安から、成長株を好む層は距離を置く。
海外の機関投資家
- +低PBR・高配当・潤沢な現金を評価。バリュー/インカム狙いの資金が一定の保有を持つ。
- +半導体露光(ナノインプリント)という成長テーマに注目する向きも。ASMLへの挑戦を材料視。
- -ROEが一桁台で資本効率の改善が物足りないとの見方。成長の証明を求める。
- ±外国人比率は約18%と低め(信託口経由を含めると実質はもう少し高い)。需給は国内個人に支えられる構造。
株主の内訳(概算)
大株主(上位)
- 日本マスタートラスト信託口17.59%
- 日本カストディ銀行信託口6.15%
- みずほ銀行2.57%
最大の特徴は個人株主が約51%と高いこと。支配的な親会社はなく、上位は信託口(多くの投資家の“預かり口”)中心です。外国人比率は約18%(内訳は概算)。
財務と還元の素顔
会社開示の数字で見る「稼ぐ効率」と「手厚い還元」。
- ROE(25.12期実績)約9.5%
- 自己資本比率約57%
- 配当性向(目安)約43% → 新中計40%めど
- 年間配当(24→25→26予)155円→160円→160円
- 自社株買い継続的に実施(25年4月 約707億円)
自己資本比率57%・実質無借金に近い鉄壁の財務が、高配当と自社株買いの両方を支えます。新中計では配当性向の目安を引き下げたものの、累進配当+自社株買いで総還元は厚く保つ方針です。
出所:キヤノン 有価証券報告書・IR資料、IRBANK等。株主構成・比率は直近開示の概算で、信託口は多くの投資家の預かり口を含みます。
鉄壁の財務と高配当。
その先に、半導体と医療がある。
キヤノンを理解するうえでの“顔”は2つ。ひとつは自己資本比率57%・実質無借金に近い鉄壁の財務に支えられた高配当。もうひとつは、縮むカメラ・印刷に頼り切らない半導体露光装置(ナノインプリント)とメディカルへの多角化です。
キヤノンの切り札が、世界で初めて商用化したナノインプリント半導体製造装置(FPA-1200NZ2C)。回路パターンを刻んだマスク(型)を“ハンコ”のようにウエハーへ押し付けて転写する方式で、EUV露光装置の約1/10の消費電力で先端の回路をつくれるのが売りです。
半導体の先端露光は、オランダのASMLがEUVをほぼ独占する“鉄壁の城”。キヤノンはそこへ、まったく別の原理(ナノインプリント)で挑む数少ない挑戦者です。今後3〜5年で年10〜20台の販売を目指し、宇都宮で新工場も建設中。成否は未知数ですが、「カメラの会社」が半導体装置メーカーとしても期待されるのが、いまのキヤノンの面白さです。
※ 各社には“顔”があります——INPEXは政府の黄金株(拒否権)、JTは政府が1/3保有、三菱商事はバフェットが大株主、三菱UFJはモルガン・スタンレーと提携、NTTは連続増配。そしてキヤノンの顔は「財務健全な高配当株が、半導体露光・医療へ多角化する」こと。各社の個性とあわせて見ると、違いがよく分かります。
メリット多角化と鉄壁財務の強み
- 複数の収益源:カメラ・印刷・医療・半導体と柱が分かれ、1つが不調でも全体が崩れにくい。
- 成長市場への布石:半導体露光(ナノインプリント)は数少ない成長領域。当たれば大きい。
- 鉄壁の財務:自己資本比率57%・実質無借金に近く、大型投資も配当も自前で実行できる。
- 高配当を支える現金:プリンティングの安定キャッシュが、手厚い配当と自社株買いの原資に。
デメリット多角化の難しさ
- 主力の縮小:カメラ・プリンタは長期的に市場が縮む。土台が細る不安は残る。
- 半導体は強敵:先端露光はASMLが圧倒的。ナノインプリントの本格普及は不透明。
- 医療の傷:メディカルは2024年に1,651億円の大型減損。買収事業の難しさを示した。
- 多角化=利益成長とは限らない:手を広げても、それが利益とROEに結びつくかは別問題。
「安心して持てる高配当株」+「半導体の宝くじ」
キヤノンの株は、鉄壁の財務と高配当という“安心”を土台に、半導体露光やメディカルという“伸びしろ”を乗せた二層構造で捉えると分かりやすい。守りはすでに固く、株価は割安・高配当として評価されています。そこに、ナノインプリントが先端半導体で地歩を築けば、低いPBRが見直される“上振れ”の芽がある——それがキヤノンを語るときの根っこです。
円安・カメラ市場・半導体競争・関税。
大きな潮流は、キヤノンにどう効くか。
身近な製品の会社ですが、キヤノンの業績はグローバルな要因に左右されます。効く主要な追い風・逆風を、4つの切り口で整理します。
円安・為替
追い風キヤノンは売上の約8割を海外で稼ぎます。そのため円安になると円換算の利益が膨らむ。近年の利益回復には円安が効いています。
逆に円高に振れれば利益は目減りします。為替はキヤノンの業績を動かす大きな外部要因の一つです。
カメラ・印刷市場の縮小
構造的な逆風スマホのカメラ普及でコンパクトカメラの需要は激減。ペーパーレス化でオフィス印刷も伸び悩み、主力市場は長期的に縮小傾向です。
ただしキヤノンはミラーレスや高級レンズへの高付加価値化で単価を上げ、台数減を金額で補ってきました。縮小一辺倒ではない点が強みです。
半導体露光の競争
両面(挑戦中)先端の半導体露光はASMLがEUVをほぼ独占。キヤノンはナノインプリントという別方式で挑みますが、本格普及するかは未知数です。
一方、成熟世代(レガシー)向けの装置やナノインプリントの特定用途では勝機もある。AI向け半導体需要の拡大は、装置全体の追い風です。
関税・地政学
リスク要因米国向けのプリンター輸出などは関税政策の影響を受けやすい。通商環境の変化はコストや採算に効きます。
また半導体・電子部品やレアアースなど、サプライチェーンの分断・調達リスクも。世界に展開するメーカーゆえの不確実性です。
出所:各種報道・キヤノン IR/決算説明会資料等(2026年6月時点)。マクロの影響は不確実性が高く、ここでの整理は方向感を示すものです。
「カメラ依存」から「多角化」への綱引き。
キヤノンの長期は、カメラ・印刷市場の縮小という逆風を、半導体露光・メディカル・高付加価値化でどこまで上回れるかの勝負です。3年は会社の経営計画、10〜20年は公表目標のない構造的な見立てとして、区別して読んでください。
- 純利益3,321億円(減損の反動で急回復)
- 配当利回り約3.7%・PBR約1.1倍
- 自己資本比率約57%の鉄壁財務
- 5カ年で株主還元1兆円以上・累進配当を基本
- 半導体露光装置の販売拡大(年300台超を計画)
- メディカルの立て直しと資本効率の改善
- ナノインプリントが先端半導体で実績を作れるか
- カメラ・印刷の縮小を多角化で上回れるか
- 鍵は「どの成長分野に投資し、いかに育てるか」の目利き
- カメラ依存からどこまで脱却できるかが最大の不確実性
- 半導体・医療が新たな主力に育つかどうか
- 鉄壁の財務という土台は続く可能性が高い
5年後までは会社の経営計画に沿っていますが、達成は市場環境・為替次第で保証されません。10〜20年後は不確実性がさらに大きく、ここでの記述は一つのシナリオです。長期見通しほど幅をもって捉えるのが安全です。
5期連続増配の高配当株。利回り約3.7%。
キヤノンといえば高配当。配当を中心に株主へ報いる方針で、2021年からは5期連続で増配してきました。株価に対する利回りは約3.7%と市場平均(2%台)を上回ります。インカム(配当収入)目的の投資家にとって、定番の銘柄です。
配当は2021年100円→120円→140円→155円→2025年160円と5期連続で増配。2026年は160円の据え置き予想です。配当方針は累進配当(減配せず維持か増配)を基本とし、新中期経営計画(2026〜2030年)では5カ年で株主還元1兆円以上を掲げています。
注意点として、新中計では配当性向の目安を従来の50%から40%へ引き下げました。これを受けて発表時に株価が下落する場面もありましたが、累進配当の継続+機動的な自社株買いで、配当と合わせた総還元は厚く保つ構えです。
自社株買いも継続的に実施しており、2025年4月には約707億円(約1,646万株)を取得。株数が減ると1株あたりの利益・配当・純資産が底上げされます。鉄壁の財務がこうした還元を支えています。
出所:キヤノン 株主還元方針・2025年12月期 決算短信・IR資料、各社報道。配当利回りは株価により変動します。
高配当の裏で、見ておくべき4つの論点。
財務が鉄壁に見えるキヤノンにも、固有のリスクがあります。良い面だけでなく、ここを併せて見るのが大切です。
主力市場(カメラ・印刷)の構造的縮小
スマホ普及やペーパーレス化で、カメラ・オフィス印刷の市場は長期的に縮小。高付加価値化でどこまで補えるかが常に問われます。補いきれなければ、利益の土台が細るリスクがあります。
半導体露光の競争(ASMLの壁)
先端の半導体露光はASMLがEUVをほぼ独占。キヤノンのナノインプリントは有望ですが、本格普及するかは不透明で、成長の柱として期待どおり伸びる保証はありません。
メディカルののれん減損・為替
メディカル事業は2024年に1,651億円の大型減損を計上しました。買収で積み上がったのれんが再び減損すれば利益が振れます。海外利益が大きいため円高も逆風です。
還元方針の変更・関税
新中計で配当性向の目安を引き下げており、増配ペースの鈍化が懸念点。加えて米国の関税政策がプリンター輸出などの採算に影響する可能性があります。
これらの多くは「安定した成熟企業」に共通する論点です。「鉄壁の財務と高配当」という魅力と、「主力の縮小・多角化の不確実性」という弱点をセットで見る姿勢が、この会社を理解する近道です。
このページの要点。
正体:キヤノンはカメラ・プリンターの電機大手で、半導体露光装置(ナノインプリント)とメディカル(CT・MRI)へ多角化。自己資本比率約57%・実質無借金に近い鉄壁の財務が特徴。
決算:25.12期は純利益3,321億円(+107.5%)。ただしこの急増は2024年にメディカル事業ののれん減損1,651億円で利益が激減した反動が大きい。売上高は4兆6,247億円と過去最高。26.12期予は3,330億円(増収だが営業利益は横ばい)。
指標:PER約11倍・PBR約1.1倍・ROE約9.5%。財務は鉄壁だが、カメラ・印刷の縮小と一桁ROEで純資産並みの評価にとどまる(高ROE株の高PBRとは対照的な、低PBR・高配当のバリュー株)。
還元:利回り約3.7%・5期連続増配(160円)の高配当株。新中計で配当性向の目安を50%→40%へ引き下げる一方、累進配当+1兆円還元+自社株買いで総還元は厚く保つ方針。
評価・未来:アナリストは中立(平均目標約4,791円)。逆風はカメラ・印刷の縮小とASMLの壁、追い風は円安・半導体露光・鉄壁の財務。守りは固く、多角化の成長を示せるかが次の焦点。